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広島高等裁判所 昭和32年(ナ)1号 判決 1957年3月13日

原告 福岡松三

被告 尾道市選挙管理委員会

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「昭和三十年四月三十日執行の尾道市議会議員一般選挙及び尾道市長選挙は各無効であることを確認する、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として次の通り述べた。

原告は尾道市民であつて、昭和三十年四月三十日執行の尾道市議会議員選挙及び同市長選挙において選挙権を有したものであり現在も選挙権者である。被告は右各選挙において現在松永市に所属する旧沼隅郡高須村阿草下地区、川尻地区及び西村沖地区住民を尾道市民として選挙権を行使させた。右三地区は昭和二十九年十二月二十九日附広島県告示第六九七号、昭和三十年一月三十一日総理府告示第九四号を以て地方自治法第七条第一項の規定により同年二月一日から一応尾道市に編入せられたものであるが、右三地区住民は松永市への編入を求めて尾道市への編入に反対し流血の惨事まで起した。広島県においてもその取扱に窮し昭和二十九年十二月二十二日の県議会の編入議決にも「将来早急に善処されたい」旨の附帯意見が附せられ、また広島県は尾道市に対し同月二十八日附地第二、八三五号を以て右編入を通知するに当り特に(一)高須村及び西村の一部区域を分離して松永市に編入したいという当該地域住民の希望に対しては明年二月末日までに円満に解決するよう最善の努力を払われたいこと、(二)尾道市において明年二月末日までに円満解決の措置を講じないときは知事は県の合併促進審議会にはかり町村合併促進法第十一条の三の規定に基き三月一日附を以て一部区域に係る境界変更の勧告を発する予定であること、(三)前項の勧告があつても尾道市議会において当該区域に係る境界変更の議決をしないときは、知事は尾道市選挙管理委員会に対し四月一日附を以て当該区域内の選挙人の投票に附することを請求する予定であることを通告した。従つて、前記三地区は尾道市への編入当時から境界変更により近く松永市に編入されることはすでに確定的であつた。その後広島県は尾道市に対し昭和三十年三月二十三日附勧告地第七四二号を以て尾道市高須町及び西藤町の区域のうち沖地区、阿草下地区、川尻地区の前記三地区を松永市に編入されたい旨勧告し、更に同日附地第七四二号を以て至急善処するよう督促し、同年五月二十一日附地第一、四五二号を以て被告に対し前記三地区住民の住民投票を命じ、同年六月十九日右投票が施行せられ、同年七月十五日右三地区を松永市に編入する旨境界変更の総理府告示を見るに至つた。右の次第で、前記三地区住民は形式的には一時尾道市民になつたことはあるが、それも浮動的、不確定的であつて、実質的には未だ嘗て一度も尾道市民になつたことはないのである。しからば、自治の本質に鑑み又地方自治法の精神に照し右三地区住民は本件各選挙につき選挙権を有しないものといわねばならぬ。けだし、右三地区住民は尾道市政につき何等の利害も有せず従つてそれに何等の関心も有しないものであるが、利害なく関心なきところに自治という観念を入れる余地は全然ないからである。本件各選挙においてはそれぞれ右三地区から合計六百二十九票の各投票があり、被告はこれを有効投票として取扱つているのであるから、本件各選挙の結果に重大な影響を及ぼしておることは自明のことであつて、本件各選挙はいずれも当然無効というべきである。そこで原告は被告に対し尾道市議会議員の一般選挙については昭和三十一年一月十日、同市長選挙については同月二十日各無効の確認を求めて異議の申立に及んだが、被告は右各申立の趣旨を曲解し、地方自治法の解釈を誤まり、前者に対しては同年一月十五日附、後者に対しては同月二十四日附決定を以て異議申立期間を経過しているという単なる形式的理由を以て原告の各申立を却下した。原告は同月二十六日更に広島県選挙管理委員会に対し訴願したところ、同委員会も右と同様な過を犯し同様な理由で同年十月二十三日訴願却下の裁決をした。しかし、当然無効の選挙については公職選挙法第二百二条以下の規定にかかわらず無効確認の利益の存する限り何時でもその確認を請求し得べく、期間の制限を受けるべきものではない。本件各選挙により選出せられた市議会議員及び市長の任期が存続中であるから、選挙権者たる原告は本件各選挙の無効確認を求める利益を有するものである。よつて、原告は被告に対し本件各選挙の無効確認を求めるため本訴に及んだ。

被告訴訟代理人は、先ず訴却下の判決を求め、本案前の抗弁として次の通り述べた。

仮に原告主張の如く期間に制限なく選挙の無効確認の訴が許されるとすれば、公職選挙法に基き選挙せられた議員或は長の地位は常に浮動的となり政治体系を乱すこととなる。公職選挙法に従つて執行せられた選挙の効力に関する争訟は同法第二百二条以下の規定によるもの以外に許されない。従つて、右規定に基かずして提起せられた本訴は、不適法として却下せられるべきものである。

次に、被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として次の通り述べた。

原告主張事実中、原告が尾道市民であつてその主張の本件各選挙における選挙権者であり、現に選挙権者であること、本件各選挙において原告主張の三地区の住民が選挙権を行使したこと、原告主張の広島県告示(但しその日附は昭和二十九年十二月二十四日で二十九日とあるのは誤りである)及び総理府告示を以て昭和三十年二月一日より広島県沼隅郡高須村及び西村を廃しその区域を尾道市に編入されたこと、右編入につき高須村及び西村の一部区域住民の間に強い反対意見があり、昭和二十九年十二月の広島県会の編入議決にも将来早急に善処されたい旨の附帯意見を附したこと、原告主張の通り広島県が尾道市に対し昭和二十九年十二月二十八日附地第二、八三五号を以て編入告示を通知するに当り原告主張の(一)、(二)、(三)の附記をつけたこと、広島県が尾道市に対し昭和三十年三月二十三日附地第七四二号を以て原告主張の如き勧告をなしたこと、原告主張の通り広島県が被告に対し前記三地区の住民投票を請求し、その投票が施行せられ、同年七月十五日総理府告示を以て原告主張の如き境界変更がなされたこと、本件各選挙において前記三地区から原告主張の如き投票がありこれを有効投票として取扱つたこと、並びに原告がその主張の如き異議訴願を提起したが、いずれも不適法として却下せられたことは認めるが、その他の原告主張事実はすべてこれを争う。地方公共団体の長、議会議員はその地方団体の住民が直接これを選挙する(憲法第九十三条)。すなわち、尾道市の市長及び市議会議員は尾道市の住民が選挙するのである。そして、尾道市の住民とは、選挙の時に現に尾道市の区域内に住所を有する者である(地方自治法第十条、第十七条)。たとえ将来松永市の住民となるべきことが予定されていても、現に選挙の際に尾道市の区域内に住所を有する限り、尾道市の住民であつて松永市住民ではない。浮動的であるとか確定的でないとかいうことが仮りにあつても、現に尾道市の住民であるということを妨げるものではない。本件各選挙当時前記三地区の住民は尾道市の住民として選挙投票をなすの外は他に選挙投票をなすことを得なかつたものである。仮に右三地区の住民が原告主張の如く尾道市の市長及び市議会議員の選挙に選挙権を行使し得ないとすれば、松永市の住民としても選挙権を行使し得ないから、結局憲法第十五条の保障する基本的権利を剥奪せられることになる。原告の請求は理由がない。

理由

本件尾道市議会議員一般選挙及び尾道市長選挙は昭和三十年四月三十日施行せられたところ、原告は本件各選挙が無効であるとして翌昭和三十一年一月十日前者の選挙につき、同月二十日後者の選挙につきそれぞれ被告に異議の申立をしたこと、右各異議申立は公職選挙法第二百二条所定の期間を経過しているとの理由でいずれも却下せられたので、原告は更に広島県選挙管理委員会に訴願を提起したが、同年十月二十三日同様の理由により却下せられたことは当事者間に争がない。原告においては同条所定の異議申立期間を徒過したものである以上、本訴は同法第二百三条所定の訴として不適法のものであることは明らかである。

原告は本件各選挙がその主張の如き理由で当然無効である以上、公職選挙法第二百二条以下の規定にかかわらず無効確認の利益の存する限り何時でもその無効確認を請求し得る旨主張するけれども、いやしくも公職選挙法に基き適法な選挙管理委員会によつて選挙が施行せられた以上その選挙の効力は同法第二百二条以下所定の争訟により無効とせられる以外に当然無効となるべきものではない。そして、本件各選挙が公職選挙法に基き適法な選挙管理委員会によつて施行せられたものであることは弁論の全趣旨により明白であるから、同法所定の争訟の手続によらないで本件各選挙の無効確認を求める本訴は不適法であるといわねばならぬ。

よつて、本訴を不適法として却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 植山日二 佐伯欽治 松本冬樹)

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